保守派の「自虐」を問う
「自虐」と言うと左派勢力の専売特許のように思われているが、保守派にも「自虐」的な価値観が時折見られる。好例が湾岸戦争時の日本の対応についての批判であろう。
「インド洋での海上自衛隊の活動は11カ国に対して行われており、単なる『対米協力』ではない。ましてや『対米追随』ではない。国際協力なのだ。もし同法が葬られれば、テロとの戦いをつづける国際社会と日本の乖離(かいり)は広がり、信頼の損失は計り知れない。日本は、130億ドルを拠出しながら『少なすぎて遅すぎる』と感謝すらされなかった、湾岸戦争の外交的失敗を繰り返す愚を犯してはならない。」(2007年8月15日付産経新聞社説)
「10年前の湾岸戦争では、日本は最終的に130億ドルという巨額の資金協力を行った。戦争終結後には、海上自衛隊の掃海艇もペルシャ湾に派遣した。しかし、『小出し、後出し』だったため、米国などを失望させた。クウェート政府が米紙に出した感謝広告には、米国など約30の国名が並んだが、日本の名前はなかったという事実も忘れてはならない。」(2001年10月7日付読売新聞「世界の危機・日本の責任」緊急提言)
古今東西、資金力の多寡は、戦争の勝敗に大きな影響を与えている。湾岸戦争の是非はともかく、日本の巨額の資金援助は、多国籍軍の勝利に大いに貢献したことは間違いない。
産経新聞は言う。「感謝すらされなかった」と。しかし、それは感謝しなかったほうが無礼であると考えるのが自然だろう。なぜ、無礼者に抗議せず、多大な貢献をした日本を責めるのか。「自虐」もここに極まれりだ。
読売新聞も同様だ。礼を失した行動をしているのは、明らかにアメリカやクウェートである。アメリカやクウェートに対して、いかに日本が勝利に貢献したか、そしてアメリカやクウェートがいかに非礼であるかを説くべきである。それが真の愛国者(読売新聞がしきりに愛国心を説いているのは周知の通り)のあるべき姿である。
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